名古屋に居た。ほんとうは岐阜まで足を伸ばそうと思って名鉄のホームに降りたのだけれど、乗るべき急行列車が遅れていて面倒くさくなり、入場を取り消してもらって新幹線で横浜まで一気に帰った。旅、というほど洒落てはいない無計画な移動をよくするが、観光と生活の両立がむずかしい。連泊する宿と車があれば楽なんだけれど。昼過ぎに帰ってきて午後じゅう寝ていた。
連日の深酒でいいかげん疲れた。「酒を飲むときは右手で肝臓のあたりを押したり離したりするように揉むと、飲むそばから肝臓のはれが引いていくから良い」ということが、おとつい四日市の古本屋で買った『男の作法』という池波正太郎のマッチョな随筆集に書いてあった。肝臓を揉んでやわらかくするのはともかく、「ビールを注ぎ足すのは愚の骨頂」とか「わさびを醤油に溶くのはつまらない」などというのは勉強になる。「麻雀はくだらない」「高い万年筆を持て」挙句の果てには「男をみがけ」である。某メンズコーチをはじめとする「男磨き界隈」の元祖は池波正太郎だったのではないか。「男磨き界隈」については桃山商事のポッドキャストが詳しく取り上げていてたいへん面白い。
ふらふら飲み歩いている場合ではない。流石に卒業論文を書かないといけなくて、他人に言うと引かれるほど何も進んでいない。始めてすらいない。まだなんとかなると余裕をぶっこいているけれど、2週間で3万字はちょっと未知の領域だ。どうせ終わらせるから終わるだろう、という理屈がどこまで通用するかはわからないが、これで今年も卒業できないのはあり得ない。男・池波正太郎は締切りについても厳しいが、こういう健康志向なところは村上春樹にも似ている。
締切りギリギリでやった仕事は出来栄えがよくないばかりでなく、自分の健康にも有害なんだよね、締切りに迫られてやるのは綱渡りなんだ。そうじゃなくたって、ぼくらの仕事は綱渡りなんだ。そうすると健康を害してくるわけですよ、どうしたって。結局は、それが作品の質を低下させ、だんだん読まれなくなってくるということもあり得る。
池波正太郎『男の作法』新潮文庫 1984 p.95
