2025.07.05

稀に「いい目をしていますね」と言われることがあり、そのお蔭でなんとか生き延びている。言動や顔面や文章を肯定されるのも嬉しいが、そこには互いの意図があるというか、おれはおれで良く見せようとしているし、言う方は言う方でお世辞が混ざることもあろう。しかし目――もちろん眼ではなく、その奥にある何かのことを指しているが、これには互いの見栄や嘘が介在する余地がない。わたしはいま神経が衰弱してしまって何をする気力もなく、ここ何年もそういった波の中を停滞しているわけですが、「いい目ですね」と言われると、あな、未だ我が目は死にたらぬかな、と思える。かくて、さ言ひし人のことを我は一生忘れじ。かたじけなきことなり。一週間ほど引き篭ったら流石に飽きた。臥せるのにも体力が要る。

目といえば映画『トップガン・マーヴェリック』である。TGMでは「look=目つき/顔」を用いた台詞が何度か出てきて印象深い。まず、トム・クルーズ演じるマーヴェリックに、ホンドーという恰幅の良い側仕えが “I don’t like that look, man.” と言うシーンが二度ある。どちらも重要な任務の直前だ。これには字幕で「その目つきは?」、吹替では「その顔は好きじゃない」という訳が充てられている。野暮なようだが言い添えておくと、決死のフライトを覚悟して精悍な表情をするマーヴェリックに「この人死ぬ気じゃね?」と感じたホンドーが「そんな顔しちゃって、死なないでクレメンス」と伝えている、というわけだ。マーヴェリックは “It’s the only one I got.” (字:普段と同じさ / 吹:この顔しかない)と返事をする。

一方で、マーヴェリックの元カノであるペニーも、彼に対して “Don’t give me that look.” (字:その目つき… / 吹:その顔はやめて…)と二度言う。どちらもマーヴェリックが彼女を誘惑するようなニヤけ顔を向けた時である。もっとも二回目はサングラスをしていたので、マーヴェリックの「目つき」は彼女に見えていないのだが、それに対して「見え見えだよアンタ」という意図を込めてペニーは”look”を使ったのだろう。よってここでは”look”は「顔」ではなくサングラスに隠された「目つき」として訳されるのが自然であり、文脈を踏まえると映画全体の‟look”にも同じ訳出が適用されるべきであろう。字幕の戸田奈津子先生に軍配が上がる、というわけだ。とはいえ口に出してみると、「目つき」より「顔」の方が圧倒的に言いやすいうえ聞き取りやすいので、吹替における事情もあるのかもしれない。

と、ここまで書いて初めて思ったが「いい目をしていますね」と言われた時の「目」は「目/目つき」ではなく「顔/顔つき」とも解釈できるのだろうか。もはや言葉の綾だが「目」と言われると「目の奥に秘めたもの」、転じて「奥底にある闘志」だろうと思っていた。点の先にある深部、のイメージである。一方で「顔」だとするとそれは表情であり、面である。面には奥がない。表出された顔つき、覚悟が決まっているだとか、肝が据わっているだとか、そういう時に使うことが多いだろうか。あーでもそう考えるとやはり「目」は目なのか、そうですね、日常で人と歓談している時に「いい顔つき」をしているのはそれこそトム・クルーズくらいなもので、おれは別にそうじゃないだろうし、ヘラヘラしてばかりなので、「目」は目の奥にあるものとして解釈していいのか、納得しました。そういうことばかりを考えていたら、7月になってしまいました。