深酒。軽い二日酔いをポカリでやり過ごして三田へ。今学期は美美のピアノの授業をふたつ取っている。そのうちのひとつは、学期末に課題曲を演奏すればレポートが免除されるらしい。音大に編入したみたいだ。今日はもうひとつの方で、禿げ上がった細身の講師が遅れてやってきて講義をした。初回はベートーヴェンの『エリーゼのために』を分析するということで、教室の隅に置かれたアップライト・ピアノを彼が弾きながら、フレーズ毎にあれこれ解説を加えていく、というものだった。調律がなされていないのか、いくらか音程が甘い。あるいはまだ抜けきっていないアルコールのせいなのかもしれない。二日酔いだと全ての音が半音高く聴こえる。
演奏しているときの彼はまさに恍惚、といった表情で、説明のためにワンフレーズ弾くだけでも、打鍵によって立ち上がった空間に身を委ねているようで僕は非常に好感を持った。淡々とダイナミックな演奏をする人もいるのだろうけれど、僕には全くその気持ちがわからない。弾くときはいつも身体が動いてしまうし、それが音楽に対して誠実な態度だとも思っている。さぞナルシシスティックに見えることだろう。クラシックの演奏というものはーー結局人間の行為なんですね、だから情感的なものと理論的なものが同居していて、どっちもあって、それが面白い、と彼は言った。ドイツ的な考え方だと、モチーフ、動機、というのが曲における細胞、最小単位みたいなもんで、そう、このミレミレというモチーフを、この、ラで! 受け止めて、溶解! させるのです、ね! 安心するでしょ? ここはもうね、これ以外の音は他に考えられないんだけど、でもそれは、理論で導き出せるもんじゃなくて、ある種の、なんて言うんでしょう、霊感的なものなんですね、考え抜かれたわけじゃない。ベートーヴェンやモーツァルトやシューマンやーー偉大な音楽家はその霊感がめちゃ優れていたんだろうけど、やっぱり身を削ってたんでしょうね、みんな早く死んじゃった。まあ、でもほんとに、音楽は、楽しまないと意味ないですから、楽しいものですから、皆さんも楽しんで授業に来てください、試験だけ出来てもしょうがないんです、僕の音楽観を皆さんと共有するのが大事ですから、だからね、出席は毎回取りますーーそう言って彼は、終業のチャイムが鳴ってから全員分の名前を読み上げて出席を取ったので、だいぶ時間がかかった。50人ほどいただろうか。大半の学生がいろいろな形の楽器ケースを持っていた。音楽サークルに入っているのだろう。ワグネル・ソサイエティーは数年に一度、欧州公演をするらしい。とはいえやはり大学生のサークルなので揉め事や色恋沙汰も多く、ドナウ川のクルーズが修羅場になったそうだ。かつて一度だけランチをした、同じ学部の女の子がそう言っていた。
昼休みのキャンパスはどこも人で溢れかえっていた。何度目の春だろうか、指を折って数えないとわからない。かくいう僕も、毎年5月後半にはフェードアウトしている身なので偉そうなことは何も言えないのだ。仲通りの大総家で久々にラーメンを食べ、別に美味いもんでもないなと残念に思い、え、あの麺は明らかにおかしい、あんなものは家系の麺ではない、不味すぎる二度と行かん、まあいいや、それで生協で本を買って、図書館の地下3階の机に突っ伏して寝た。原武史が「群像」で連載していた『日吉アカデミア一九七六』が単行本になっていて、馬鹿みたいな想定で流石にウケた。生協で貰える義塾限定のブックカバーも馬鹿みたいな柄だなと思っていたがその比ではなく、とにかく義塾の3色がゴテゴテでキモかった。文芸の新刊として一応面陳はされていたが、もっと派手に売るべきではないか、ここで売らなくてどうする。連載も何度か読んだが面白く、特に原はいわゆる鉄オタで、それを軸に学生生活が描かれていたので何か親近感がある。欲しかった佐川恭一『学歴厨の詩』と小塩真司『性格診断ブームを問う』も見つけて買った。夜は働く。
JJJが死んだ。ワカオくんからのLINEで知って、Twitterを見に行ったら本当だった。NujabesにTOKONA-X、YUSHIにFEBB、不可思議/wonderboy。若くして亡くなったMCは多いが、彼もそのひとりになってしまった。昨日のライブではフレシノがchangesをカバーしたらしい。彼は既に知っていたのだろうか、動画を見たが、やけに力の入ったラップだった。遺された彼らや、MFSのことを想う。ライブに行ったことはなかったが、好きなMCの一人だった。歌詞を開いて、あらためて聴きながら終電に揺られている。