夜中、家に帰る道すがら、高齢の男性、こういう場合はどうやって形容するのがいいのだろうか、シニア、おじさん、お爺さんというほどでもない、「ダーツの旅」であったら「お父さん」と所ジョージに呼びかけられるような人だーーが何か言いたげな素振りでこちらに近づいてくるので、仕方なくイヤホンを外して話を聞いてみると、家から歩いてきたが帰る方向が分からない、市営住宅はここら辺じゃないのか、迷ってしまったようだ、と言った。マジか、徘徊老人、という言葉が頭を過ぎる。ひとまず名前を訊き、住所はちょっと怪しかったが、「わ〜そうですか! 疲れたでしょう〜ちょっと明るいところ行きましょうか〜!」と脳内を「やさしいにほんご」モードにして努めて明るく振る舞い、目の前のローソンの前に連れて行ってふたたび話を聞く。なるべく質問攻めにならないように、自然な語りを起こすように。きりの良いところで「お茶買ってきますね、ここで待っててね」とローソンへ入り、右手に持ったiPhoneで1、1、0、発信、と押した指は躊躇いなく、「事件ですか、事故ですか」という呼び掛けに上擦った声で「道に迷っちゃった男性を、保護しまして、」と答えた。
外に戻り、買った600mlの麦茶を手渡すと、彼は一気に三分の一ほどを飲み干して、ふたたび僕が訊くことに答えはじめた。夕方にビールを一杯だけ飲んだ、同居の女性が暗くなってから家を出て行ってしまい、それを追いかけて外に出たはいいが、気づいたら今いる場所が分からなくなってしまったーー話を聞く限り2、3時間は歩いたのだろうか、たしかに彼はサンダルで、ハーフパンツのポケットも空であるように見えた。15分ほど話した頃だろうか、クラウンのパトカーがサイレンも光らせずに来て、降りてきた二人の警察官が彼を連れて行った。