2024.05.17

 寄せ書きは書いた。書かずに次へ回そうとしたけど、すでに埋まっている分の言葉たちの白々しさに笑ってしまって、それから腹が立ってきて。真摯な言葉にしろふざけた言葉にしろ、裏には何か絶対で大きなものへの信仰が見えた。揺らぐことのない不動の何かをミリも疑わない、日常を生きる者の無邪気さがなければ書けない言葉ばかりだった。寄せ書きを受け取る相手は今その絶対が揺らいで振り落とされるか否かの際にあるんじゃないのか。善男善女が百人、千人集まって祈ったところで治らない病気もあるってことを知らないの? 知っていてこんなにも空疎な励ましを書けるの? 文無しの前で金庫の中身を得意げに積み上げてみせるこいつらはサイコパスなの?
 一言でめちゃくちゃにしてやりたくなって、書いた。
〈健康が一番ですよ。  K〉
 色紙をもらって読む病人本人が最も嫌な気分になるだろう言葉を書いた。性格が悪い。性格の悪い人間に寄せ書きを回すほうが悪い。修正液で消されるかと思ったのに酷い言葉の入った寄せ書きは入院中の病人にそのまま届けられた。

市川沙央『こんぺいとうを拾う』「新潮」2024年6月号 p310