2024.05.13

 「知ってる? 煙草って、火をつけるのがライターかマッチかで味が全然違うんだ」と彼は言って、僕は「そんなことある? ジッポーでもガスコンロでも変わらないだろう」と訝しんだ。彼は普段は吸わないが、付き合いで吸うことになったときの為にマッチだけは持ち歩いているらしい。あまりに粋が過ぎるのではないか。ふと横に目をやると、カウンター席では黒いニット帽の男が洋書を片手に煙草をくゆらせていた。月曜の夜である。新宿のDUGは村上春樹が通ったジャズ喫茶として知られるが、相変わらずどこを切り取っても画になるような、ハードボイルドな雰囲気が漂っていた。
 彼とは去年同じ演習の授業を取っていて、何度か飲み会で話したくらいの仲ではあったが、春になってから創作の授業サイトに設置された「コラム投稿用掲示板」というところで往復書簡みたいなやりとりをするようになった。「書いた文章や、何らかの作品を他人に見せることの恥ずかしさ」という問題を書き綴ったその投稿に僕が長文で反応したことをきっかけにやりとりが続き、互いのプライドの高さや自己演出についてあれこれと話したのちに、今日ふたりで飲むことになったのだ。彼もnoteで日記を書き始め、二週間ほど続いているらしい。DUGで互いのことをひとつひとつ、将棋を指し合うように会話したあと、JRのホームで「じゃ、また」と同時に言ってから反対行きの電車に乗った。