本を買って、渡そうと思った。彼は高校2年の夏から学校にほとんど行かなくなって、はじめはテストの日だけ来て答案を全部白紙で出していたらしく、人づてにそれを聞いたあと、暫くしてから本人の口からも「や〜、そうなんすよね〜」ということを聞いた。あれはいつだったか忘れたが、大会の打ち上げだといって焼肉に連れて行った帰り、家の前に車を停めて彼を下ろそうとしたら「なんか、帰りたくないっす」と言われて僕は激しく戸惑ったのだ。でも、おう、そうかそうか、と言ってからちょっと考えたあと、横浜青葉から高速に乗って首都高の環状線を大きく一回りして、その間はお互いずっと押し黙っていた。たまに僕が口を開いて、これは共感とかじゃない、でも俺は俺でしんどかった、今も苦しいままだ、何も分からない、分かんないよ、というようなことを言った。スカイツリーが大きく見えるところで道は大きく弧を描いて、夜の光が過ぎ去っていく。オービスのある所で分かりやすく減速しては、再びアクセルを踏み込んだ。
その彼が高校を卒業する。たしかに一昨日は渡すものを買いに行ったけど、それだけでは全然足りない気がしていて、足りないというのは気持ちの問題で金額や物の大きさではない、僕はいつからか彼のことを考えるだけで涙が滲むようになって、これは『夜明けのすべて』の山添くんに対するのと同じようなものかもしれなかった。
だから本を贈るのはどうかと思って、横浜駅西口の有隣堂は22時閉店だから20時半くらいからずっと悩んでいたことになる。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』がまず初めに思い浮かんで、村上訳は格好良すぎるから野崎訳の『ライ麦』の方がいいかも、とか、最果タヒの『コンプレックス・プリズム』は装丁も含めていいかなとか、ちょうど昨晩ジャズ喫茶で読んだ森毅の『まちがったっていいじゃないか』はとっても良くって、僕はそれこそ読んでいる間じゅう救われる思いがしたけれど、結局どんな本を選んでも彼にとっては説教臭くなってしまうだろう。いい加減困り果てて僕の好きな宮田珠己とか、いっそのこと『深夜特急』全6巻でも面白いかなとも思った挙句、でもやはり違う、僕のエゴを押し付けるようなことをするべきではなかったんだ、と思い直して、やめることにした。