部屋で本を適当にめくる日。久しぶりに『国境の南、太陽の西』など。ねえ原くん、覚えてる? 覚えてるよな、お前そういうことは絶対忘れないだろうし、昔の話になるといつだってあの頃を美化して饒舌になるよな。中学3年のとき、教室の本棚にあったやつを俺が見つけて、村上春樹の名前だけは知っていたからなんとなく読んでみたらヤバいこれってなって、それでいつも二人でくだらない恋バナばっかりしてたからお前にも読んでもらったらやっぱりハマって、共通の恋愛指南書みたいにしてたよな。調子に乗って買ったスタンダールの『恋愛論』は俺はなんの役にも立ってないけど、まだお前の家の本棚にもあんのかな。お前とか呼んでごめん、俺とお前、みたいな感じでもなかったもんな、それとも今になってそうじゃなかった気がしてるだけかな。どうだったかな。
窓目くんは、またか、と思うけれども、そんなことでいちいちがっかりはしない。予定した予定が予定通りにいくとか、交わした約束が守られるとか、恋慕する相手がこちらになびいてくれるとか、そんなことはすべて奇跡であり、主観的に見れば僥倖、客観的には事故みたいなものだ。予定も約束も願望も他者の意向如何でいつだっておじゃんになる、そんなものらの実現を期待してはいけない。期待するな、と窓目くんはいつも自分で自分に言い聞かせている。期待してはいけない。だからこそ、予定も約束も恋慕もおもしろいし、だめとわかっていながら俺がかけてしまう期待、夢見てしまう実現、その願いを俺は尊いと思う。大事にしたいと思う。ましてときたま実現してしまう願望、叶ってしまう願いというものがあり、その瞬間のよろこびと驚きはひとしおなのだが、結局そんな奇跡は続かない。よろこびは次なるかなしみのはじまりである。だから、つい期待してしまった願望や約束が果たされなかったとわかったとき、窓目くんの心中にはどこか安堵のような感覚さえ生じる。
滝口悠生『ラーメンカレー』文藝春秋 2023 p219
夜になってからカルディでクラフトチャイのシロップを買ってきて、林檎ジュースで割って温めて飲んだ。『ラーメンカレー』も読み終えた。